ユーザグループという名の集合知

集合知こそが、Web 2.0の最高の成果。
本来は、集合知という名の情報たちを誰でも簡単に手に入れることができ、発信することができる技術がWeb 2.0の成果というべきだろうか。

Linuxを使ってみて気がついたこと

なぜ、日本ではユーザグループのサポートが強くないのか?
日本のオープンソース系のユーザサポート体制は、2chを正式なフォーラムの場所としたり、FAQを展開していることが多いのもひとつの特徴だろうか。

私は残念ながら2chのユーザではないし、2chが有効なサポート環境だとも思わない。

オープンソースという考え方が自分の哲学と近しい、ということについては、以前にも書いた。("アート・オブ・リンクベイト")
Ubuntuを愛用し初めて5ヵ月ほど経ち、当然のことのように、オープンソースのソフトに囲まれ生活をしている毎日。

幸いにも私にとって英語は忌み嫌うべく仇でなかったため、より多くの情報を少しだけ早く手に入れられる環境にある。
そのため、ユーザサポートについて考えてみる機会が少なかった。

集合知が集合知である理由

情報を自ら取捨選択しなければならない時代に入って、かなりの年月が経過した。
私はJournalismを学んだ一員として、それなりの選択能力があると信じている。

しかし、同じくJournalismを学んだ一員として、日本におけるユーザグループの在り方について、首をかしげる場面が多すぎるのと感じた。
もちろん、すべての、とはいわない。例を出すことは出来ないが、優れたユーザサポートを展開するグループもあるだろう。

集合知が集合知である理由は、わかりやすさである。
情報を簡単に手に入れられるよう、工夫をこらしていかなければ、情報は死んでしまう。
そして、集合、つまり多くの人々が提供する情報だからこそ、集合知なのだ。

と、書いてみて、
わが身を振り返ると、反省することしきりではある。

いわゆるブログによくある、独りよがりなコメントとなってしまった。
不快に感じた方々には、この場をもって謝罪します。

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